私の店 |
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私の店は東京・目黒区・祐天寺商店会の中程に有ります。東急東横線祐天寺駅より駒沢通りまでの間に有り、駅より徒歩3分位の所です。私は呉服関係の仕事に入って38年の年月を覚えます。私が美術学校を出た頃は呉服の世界は活況を呈していました。そして何よりも社会全体で在来の日本の習慣を色濃くそして多く残していました。 以前は街の中に三味線を習う人、習字を習う人、そして私が懐かしく思う物に、商店会での、それも表通りで、その日の仕事が終わったら、縁台将棋をしていたのを想い出します。そこには他人様がこの手が面白い、そこを指したら負けになる等と言っては、騒いでいた記憶が有ります。そしていつしか人垣になりそこでお喋りが始まり、老いも若いも世間話を楽しんだものです。今はそんな光景を見ることは無く、有るのはコンビ二の周りの座り込んで人目に晒す行儀の悪い若い人の奇行ばかりです。地べたに座ってものを食べています。行儀が悪いです。残念ですね、そんな非行なことでしか自分を現す術を知らないのは。少し昔には夕方時刻になると豆腐屋のラッパが聞こえてきました。「ピープー」・・・Peopleでは有りません。(^^) そんな時代を背景に、私は「丁稚奉公」と言う名で呼ばれた修行をした最後の年齢層のように思われます。今の時代に「丁稚奉公」などは死語になり掛けていますが、本当はこの方法が商売なりを身に付けるには最善の方法の様に思われます。主人に従って、仕入先周りをし、下職さんに仕事を出しに行き、主人の後を荷物持ちとして続くます。懐かしいばかりがその想い出の中に有ります。それはともかく、五つ玉算盤を使い丁稚奉公を経験した世代がコンピューターを操作し、HPで皆様にお会いする事は、時代の変遷と隔世の観を思わずには要られません。 そんな経験を通して見ますと今の時代は大きく変っています。何か日本的なもの全てが日本社会の中で消えていく様に感じられます。 今ではすっかり、生活スタイルも変わり、日本人だか無国籍人やら、街を歩く人々の姿が虚ろに見えてきます。思い直せば、道徳然り、躾(しつけ)然り、自然然りです。時代は変遷を続けようとも求められている事は自然や、長い歳月を掛けて伝えて呉れた先祖の英知を大事に思う「こころ」に他なりません。私達は地球人で有ると共にやっぱり日本人なのです。 私達の年齢層は老いてはいません。しかし、若くも有りません。少し若ぶっても所詮は無理です。そんな風に思いませんか!実感です。実感です。(^^) 生活に彩りを添え、人生を楽しみ、秋霜(白髪)を戴きながらも、錦秋の美学を心の中に持ちたいものです!まだまだ感性を磨き、楽しみは自分自身で見つけて下さい。人に与えられた感性は無限大です。 老いても尚、盛んなりとは行きませんが、静かで、落ち着きがあり、四季の移ろいに心喜ばせ、満ち足りた友との語らいを楽しめる、自分自身になりたいと感じています。 Kimonoのシーン
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![]() 御地蔵さん |
私の住む祐天寺の周りの築地塀の脇に幾体かの御地蔵さんが有ります。小さな庇が付いた屋根の中に佇んでいます。そして何時も赤い涎掛けをしています。時々近所のおばあさんがお地蔵さんに花を手向けている姿を見るに付け、この御地蔵さんはどれほどの多くの人の人生模様を眺めてきたのだろうと思うことが有ります。私に取っては子供時代からの見慣れた地蔵様ですがそこには測り知れない人の想いと言うものが滲んでいます。 雨の日も、風の日も、晴れの日も、曇りの日も、そして穏やかな日。時は巡り、そして幾人かの人生をその中に飲み込んで行きます。私の周りでも多くの人々が他界されました。黄泉の彼岸の世界に暮らしています。今は唯脳裏の中に生きているのみです。時折、唯、人の世の無常の想いに、感慨深く、想い続けます。 今は御仏(みほとけ)の大慈悲にすがるばかりです。そんな事を想って描いてみました。これも自作イラストです。 |
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153-0052 東京都目黒区祐天寺2-6-14 03-3712-2922
祐天寺商店会々長 呉服 深谷*****深谷俊二 |
店舗写真
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